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名古屋を象徴する百貨店「丸栄」閉店〜丸栄から読み解く「名古屋の精神」とは

June 30, 2018

 

丸栄の前身は1615年発祥の十一屋で、名古屋を代表する地元資本の百貨店だ。

丸栄が今日、2018年6月30日をもって閉店する。

熾烈な百貨店競争やリーマンショックなどの経済恐慌が大きな打撃をもたらした結果業績が悪化、経営を続けることが困難になったのが閉店の主な原因だ。

閉店に際しては、全国多くの人々から、閉店を惜しむ声が相次いだ。

丸栄閉店しても、丸栄が残した「名古屋らしさ」を貫き、受け継いでいく必要があるのではないか。

 

 丸栄の前身、江戸時代の十一屋

 

名古屋の象徴であり続けた丸栄

十一屋が1625年に誕生し、三星と合併後、丸栄として再出発したのが昭和16年。丸栄には、名古屋栄の地で「丸」く「栄」えるという意味が込められている。

戦後は、空襲により大打撃を受けた中で再スタートを切り、昭和31年、本館の増築工事を経て、現在の丸栄百貨店が誕生。西日本随一の百貨店となった。

全国の百貨店で唯一、日本建築学会賞を受賞した。当時、巨大な丸栄の本館は、名古屋の象徴となっていた。

バブル崩壊後、百貨店業界の業績が厳しくなる中、多くの中小百貨店は、東京などの大手百貨店と提携や合併・吸収する中、丸栄はその荒波を「改革」により乗り越えた。ここにこそ東京に依存しない名古屋らしさが存在するのではないか?

 右から十一屋、丸栄、三星ののれん

 

都市の均一化をどう乗り越えるか〜名古屋らしさを活かそう

バブル崩壊後の百貨店の氷河期時代において、2000年代には丸栄は109のギャル文化を取り入れるなど、これまでのない百貨店像を積極的に作り上げていった。しかし業界はさらに混乱を極め、業績は悪化していった。

しかし、業績が悪化した大きな要因の1つが、1999年のセントラルタワーズ・名古屋高島屋の開業だ。それを境に、名駅と栄のパワーバランスは崩れ、栄の百貨店の業績は軒並み悪化していく。

名駅地区は近年JRゲートタワー・高島屋ゲートモールが開業するなどオフィスのみならず、商業施設の進出も相次いでいる。名駅周辺の再開発は、名古屋の発展に貢献していることは事実だ。しかし、名駅と栄のパワーバランスを崩すだけではなく、高島屋などの東京資本の企業の進出を促してしまい「名古屋らしさ」が失われてしまう。それを防ぐためには、名駅や栄など、街ごとに明確なコンセプトを示し、まちを分担する必要があるということだ。

 

近年、多くの地方都市のみならず、大阪や札幌、福岡などの大都市でも、東京の大企業による開発が進み、都市が均一化してしまい、その都市の本来の魅力が失われつつある。

 

この流れを変え、東京に依存しない都市構造を作れるのは、全国トップクラスの経済力を持った名古屋・中京圏の市民・企業・行政だけである。

丸栄の閉店後の跡地には、周辺を含めた一体再開発が予定されている。一部、地権者との交渉が難航しているとの情報もあるが、名古屋の企業であり、丸栄の親会社である興和は、一丸となり、東京に頼らない丸栄の精神をさらに発展させていき、「栄」の地で「丸」く「栄」える再開発を行って欲しい。

リニア開業まであと9年。東京へのストロー現象を防ぐために、名古屋の魅力をさらに磨いていく必要がある。

 

 

 

 

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